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震災時に知っておくべきWEBサービス

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災害用伝言ダイヤル:171

災害用伝言ダイヤルは「171」に通話することで使用できます。緊急伝言ダイヤルとも。
携帯電話から繋がらなくても、公衆電話からだと繋がりやすい仕組みになっています。

災害用伝言ダイヤル(171) | 災害対策 | 企業情報 | NTT東日本
NTT東日本の災害用伝言ダイヤル(171)のご利用方法および災害発生時の提供条件に関するご案内をご覧いただけます。

災害用伝言版:https://www.web171.jp/

災害用伝言版はhttps://www.web171.jp/にアクセスすることで利用できます。
ネットワークが使用できないと利用できません。

緊急地震速報ラジオ放送:80.0MHz(東京)

ラジオから災害情報をリアルタイムに把握できます。

  • 東京:80.0
  • 愛知:80.7
  • 岐阜:80.0
  • 宮城:77.1
  • 大阪:85.1
https://www.takacom.co.jp/wp-content/uploads/kani_edr_fm.pdf

緊急地震速報

docomo、au、Softbank以外で購入したスマートフォンの一部は、緊急地震速報を受信できません。
「Yahoo!防災情報」アプリをインストールすることで、すべてのスマートフォンで緊急速報を受信することができるようになります。

防災速報 - 地震、津波、豪雨など、災害情報をいち早くお届け - Google Play のアプリ
○利用者数2000万人突破 ○Google Play無料1位獲得 ○現在地と設定した国内最大3地点に通知する無料の防災アプリ ○避難情報、地震情報、豪雨予報、国民保護情報(Jアラート)などさまざまな天気・災害情報に対応 ○災害マップでユーザー同士の災害状況を共有できる ○防災手帳に普段の備えから災害で困ったと...
https://www.jaipa.or.jp/course/kouza_m170822.pdf

内閣府防災情報:http://www.bousai.go.jp/

内閣府の防災情報サイトで最新の災害情報を把握できます。

防災情報のページ - 内閣府
内閣府防災情報のページ。災害状況, 被害状&#2784...

蛇足

この記事を執筆しているのは2021年3月11日。震災からちょうど10年後。

私は当時宮城県に住んでいて、震災当時は学生でした。

3月11日、ちょうどその日は部活動の春合宿の最中で、運動部だった私は県内の学校の体育館で部活を行っていました。

震災の直後は今でも鮮明に覚えています。大きな横揺れが長時間続き、揺れが収まった後に校庭に出ると、そこには大きな地割れがありました。
とても肌寒く、上着を貸してくれた同級生にはとても感謝したことを思い出します。

学校に寝泊まりすることになりましたが、偶然春合宿中で宿泊の用意が万全だったことは不幸中の幸いだったかもしれません。

しかし結局その日は、建物の倒壊の危険があったため、平屋の安全な建物内で椅子に座って夜を明かしたのを覚えています。まあ、余震に続く余震でとても寝れたものではありませんでしたが…

次の日から、学校から家までの距離が近い同級生は帰宅し始めました。

私の家は学校から家まで電車で1時間半もかかる距離にあり、しばらくはがっこうぐらしでした。幸いゾンビは出ませんでしたが笑

しかし今思えば、当時の学校暮らしの生活環境は、本当にがっこうぐらし(アニメ)の世界と似ていたかもしれません。

ただ、幸いにも工学系の学校だったため、たまに発電機などから電気を使用することができたのは本当に助かりました。
発電機が使えない時は太陽光充電の携帯充電器で何とかガラケーを充電し、家族と連絡を取るよう必死でした。

震災で役立った太陽光充電の携帯充電器(FOMA用)

しかし東日本大震災クラスの災害になると、携帯電話での通話やメールはもちろんのこと、公衆電話すらほとんどつながらなくなります。

上で紹介しておいてなんですが、災害用伝言ダイヤルは当時繋がりませんでした。災害の情報入手すら難しい状況です。

なんとかメールで生存確認するのがやっとの状況でした。

震災当日のメール(5時間遅れの着信?)。仙台メディアテークの外にいた友達は死にかけた。

仙台市内にいた友達とはなんとかメールが繋がるものの、その他の人とはほとんど連絡が取れない状況でした。

そんな中、当時の唯一の情報源はラジオでした。繰り返される被害状況の報告に気が滅入りますが。
手回し充電式の携帯ラジオは非常に重宝します。

災害から数日たつと、携帯電話のアンテナは復活しました。しかし回線が混雑しており、依然として通話やメールは大きなラグがあったり、場所によっては数日間使用できなかったことを覚えています。

数日間まともに連絡が取れず、きれいな水も手に入らない状況は少し過酷でした。

少し脱線しますが、河北新報が震災から数日後に新聞を発刊し、学校まで届けてくれたのは執念を感じました。

数日後、国道4号線が仮復旧し全国から東北各地へ救急車と消防車が駆けつける頃、私は実家へ帰ることができたのでした。

蛇足その2

実家では本当に様々なことがありました。

家は太平洋沿岸部ながら奇跡的に津波の被害は無かったものの、一部損壊。

1週間以上断水し、綺麗な水は手に入らず、町が配っていたろ過水を飲んだところお腹を壊す羽目に。
当時はコーラでのどを潤していました。

満足に身体も洗えない。

加えて1週間近く停電していたと記憶していますが、幸いなことに我が家は太陽光発電の設備(ソーラーパネル)があったため、昼間の間だけ電気は使えました。

近所のガソリンスタンドには長蛇の列。

店にはろくな食べ物が無い。(売り切れている)

当然ですが、デマだらけのインターネットは何の役にも立ちませんでした。
防災無線の方が100倍役に立ちます。

そして震災の影響で入院することになった身内は、停電の影響で亡くなりました。

蛇足その3

災害の備えは本当に大事です。

近年は携帯基地局に充電設備を設けて停電時でも利用できるようになりつつありますが、それもごく一部の話。

こんなサイトを持っておいて言うことではありませんが、携帯電話は役に立たないものと思った方がいいでしょう。

最低限の現金、水、食料、そしてハザードマップは準備しておくことをお勧めします。

以上。

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